
フットボールに関わる活動を通じて地域貢献、社会貢献に取り組みます
フットボールに関わるすべての方々に喜びを
私にはサッカー、フットサル、ビーチサッカー、障がい者サッカーなどを含めて、すべては「フットボールファミリー」であるという考えが前提にあります。そのため、これらの総称とも言えるフットボールという言葉を積極的に使っています。
フットボールは楽しむ、親しむところからすべてが始まります。そこには技術の有無や性別、障がいなどの有無は関係なく、みんなが気軽に楽しめる、親しめるものであるべきだと考えています。
私は自身の活動を通じてフットボールだけでなく、スポーツが大好きな未来ある子どもたちや、それを支えて下さる方々を応援します。地区、地域から日本サッカー、日本スポーツ界、教育や社会を今よりより良く、変われるように日々活動を通じて取り組んでまいりたいと考えております。

プロフィール
1980年6月14日生まれ
宮城県仙台市出身(札幌市在住)
社会人2年目に転勤で北海道へ。以降、道内各地を転々とし約20年間会社員生活を送る。
在職中に障がいを患い、医師の判断により一般就業を断念するも、これを機にフットボール関連活動を中心に据え、自分自身の自立(治療)と並行させながら、現在に至る。

フットボール指導者として
私がフットボール指導者を志したのはごく最近(2014年度)のことです。
理由は障がいを患い、先への不安がよぎる中、「自分を変えるきっかけにしたい」-
昔から指導者に興味はありましたが、競技実績の少なさからライセンスへのチャレンジに躊躇していました。しかし、同時期に日本サッカー界がグラス・ルーツ(草の根)に本格的に力を入れていくらしい」との話を聞き、その大きな2つの動機が自分自身を動かしました。
とはいえ、最初の資格(公認C級コーチ)取得には困難を極めました。元々、サッカーが好きというだけで競技実績は小学生の時くらい。中学、高校は遊び程度でほとんど本格的にはやっていないという状態でした。
そんな中、初めて指導者の門を叩いた時のインストラクター(現チューター)の方が今でも大変お世話になっているお一人です。
すべてのカリキュラムを修了した時、その方と抱き合ったことは今でも忘れません。その後、キッズリーダーや公認B級コーチ、フットサル、GP(GK)、などの資格も取得しましたが、すべてはここがスタートでした。
その後、様々なチームでお世話になり今に至りますが、「原点」と「学ぶこと」を常に忘れずこれからも精進していきたいと思います。

指導者仲間(フットボール仲間)の存在
私にとって、フットボールを通じて知り合った方々はかけがえのない存在であり、常に刺激と勇気を与えてくれる存在です。
指導者になったからこそ知り合えた方々。私はこれからもそこから生まれた友情を大切にしていきます。そして、常にリスペクトしています。

スポーツカメラマンとして
©ARCO KOBE2024
元々、学生時代から鉄道や飛行機などを主にアマチュアカメラマンとして活動していました。現在は年に数回程度ですが、依頼を受けフットボールを中心としたスポーツカメラマンとしても活動しています。